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東山民商ニュース 2008年4月21日号

No.291 2008年4月21日
京都府東山民主商工会
Tel:541-5116 FAX:541-4016
メ-ル:h-minsyo@athena.ocn.ne.jp

日頃の声掛けが大事

有済支部で会員さんが増えました。2月に開店されたあと近くの会員さんが店に顔を出してつながりをつくり民商のパンフを渡して声を掛けていました。その後も何度か足を運んで営業のアドバイスもしていろいろと相談にのっていました。

また、近くの会員さんも一緒にいくなど繋がりを強めていく中で税金のことなど知りたいとのことで民商に入会されました。

粟田地域訪問

4月14日(月)粟田地域に業者訪問を6人で行いました。通りを歩いていると新しくできた店がありました。取分け飲食店や画廊が多くできていました。

訪問先では渡されたパンフに目を留めているところや読んでおきますと返事をされるところもありました。行動のあと今後の取り組みについて相談を行いました。

祗園宣伝

4月11日には、祗園地域へのビラまきを行い、7人が参加しました。税金・くらしの相談は民商へと配りました。

税務調査についての10の心得

確定申告後の税務調査も予想されます。納税者の権利を主張し不当な税務調査をさせないようにしましょう。また、班会議で学習も深めましょう。

会員さんの入院増える

入院される会員さんが増えてきています。入院しても営業のことが気に係り安心して治療に専念できない場合もあります。また、入院費用がいくらかかるのかが気になります。

入院費用の負担を少なくできる制度もありますので相談してください。先日も「一部負担金免除の申請をしましたが書類を区役所に提出するのが遅くなったので区役所に書類を提出したときからしか「負担金免除」ができませんでした。納得がいかないので審査請求をしましたが認められないという報告書が送られてきました。

このようなことがないように早めに相談してください。

遺産分割協議書とは

母親が亡くなったので遺産分割協議書を作成することにしました。

遺産分割協議書は分割方法について相続人が話し合って合意した内容を記入し、全員が合意すれば、法定相続分や遺言と異なる分割をすることができます。作成に当たっては、被相続人と相続人の本籍や現住所などを特定することが必要で相続人全員で署名押印しなければなりません。

相続人全員の署名を集めるのは大変なことです。

税務署から問い合わせの葉書が

税務署から申告についての問い合わせの葉書が来たところもあります。内容は提出書類の漏れでしたが会員さんは何事かとびっくりしていました。

税務署からお尋ねや問い合わせがありましたら民商まで連絡をしてください。また、税務調査の場合はその場で対応せずに日を改めさせましょう。

後期高齢者医療制度

4月15日の年金支給から保険料が天引きされ苦情が銀行や区役所に殺到しています。そもそも保険を年齢で分けること自体おかしいもので保険料も2年ごとに見直しが行われ負担は増えることが確実です。

無駄な公共事業には湯水のごとく税金をつぎ込みながら国民の医療等を削るとはもってのほかです。民商では後期高齢者医療制度の廃止を求めて署名運動を行いますのであらゆる機会に集めましょう。

宣伝企画部会

業者訪問等今後の拡大運動をどのように取り組むかをみんなで相談します。

とき:4月22日(火)午後6時〜
ところ:東山民商事務所
三役・常任理事のみなさんは参加してください。

美山レクリエーション

婦人部主催で美山にレクレ−ションを取り組みます。

参加希望者は事前に申し込んでください。

とき:5月11日(日)9時30分集合9時45分出発
費用:部員2,500円(食事付)(婦人部員以外は3,500円)

和物○市

とき:4月29日午前11時〜午後3時
ところ:マドリッドカフェ(東大路三条東入る)

三宅さん、区表彰受ける

有済支部の三宅正房さんが京都市市民憲章推進者の区表彰を受けました。

おめでとうございます。

拡大顕彰

会員 1名拡大で米10キロ贈呈
商工新聞 5名拡大で米5キロ贈呈
商工新聞 10名拡大で米10キロ贈呈
みなさん拡大して獲得しましょう

 

東山、幕末の足跡をたどって(その三)

東山区の西の端は鴨川である。コンクリートで固められた川であるが市民の評判悪くはない。河原も程よく整備され、憩いや散策コースになっている。

だが昔はどうであったろうか、『方丈記』によると鴨川は洛外であって、鳥辺山や蓮台野に埋めることの出来ない死体の捨て場であった。戦や伝染病が発生した時などは、山のような死体で埋もれ、大水で流されるまで放置されていたそうである。現代では死体はむろんのこと、骨や灰でさえ無闇やたらにばらまくと罰せられる。

死体廃棄、斬首、晒し首と陰惨な歴史をたどってきた鴨川の河原も、現在はアベックの語ろいの場に変わった。誠に微笑ましく喜ばしいことである。

東山の北の端は三条通りになる。江戸時代は三条大橋が京都の入り口であり、このあたりで旅立つ人を見送りそして出迎えた。だから三条大橋から蹴上に掛けて、茶店や料亭や旅篭が並び、出会いや別れを惜しんだ。現在も所々に料亭(旅館はほとんどなくなった)があるのもその名残である。また粟田口一帯には鎌倉時代から南北朝期にかけて「粟田派」と呼ばれる刀工が居住し、多くの名刀を作った。刀鍛冶はすたれたが、この付近に武具や象嵌の店が残っているのはそのせいである。

(余談1)大刀は長さが六十五センチから八十センチ、その上に小刀を束ねて腰に差すから大変に重たい(居合いに関係してた頃、私も何回が真剣を持った経験があるが実際に重たい)武士はこの大小を常時腰に差していたので、バランスを取るのに無理を生じ、身体のどこかが傾くか歪んでいたそうである。特に新選組の場合は、斬り込みに際して、鉄鎖で編んだ帷子(防弾チョッキの様な物)を羽織の下に着込んでいたから一層重たかったが、そのせいで負傷者はしても死者は少なかった。これに困った志士の方は、斬るより突く戦法に転換した。(当時の帷子は斬られ強いが、突かれるともろかった)とにかく斬り合いというのは、我々が考える以上に大変だったらしい。

(余談2)鳥羽伏見の戦いで、官軍は軍服姿で鉄砲という軽装であったのに対し、幕府軍の武者(特に会津藩士)は鎧を着て刀を差し、その上に討ち取った敵の首を何個も腰にぶら提げていた。人間の首というのは結構重たいそうで、一万五千人の幕府軍が五千人の薩長軍に簡単に負けたのは、大砲の量や銃の差(幕軍の単発銃に対し、薩長軍は連発銃が多かった)と、集団対一騎打ちとの戦法の古さと、装備の軽重と、それに敵の首を持ち帰る昔の戦の習慣が原因と言われる。

一方南は本町街道から大和(奈良伊賀)方面に至り、また幕末時には水路で大阪に向かう人が木屋町から高瀬舟に乗り、高瀬川を下って中書島で三十石船に乗り換えた。その中継点の中書島は旅篭や遊郭があり大層賑わった。坂本竜馬が襲われた寺田屋は土佐藩の定宿であった。

東山区の東端には、山沿いの青蓮院、高台寺、清水寺、智積院、泉涌寺、東福寺が連なり(幕末時には、東大路はなかった)お寺の背後の墓地が東の果てになっていた。

(余談3)私の家の墓は鳥辺山にあり、宗派は浄土宗だが、宗教に無関心な私は、代々がそうであるから引き継いでいるだけで、浄土宗がどういうものであるかは全然知らない。その上に墓参りにもめったに行かない私は、無責任極まる人間で、五千円の管理費がもったいないといつも叱られている。鳥辺山には江戸時代の古い墓が多く残っているが、最近は無縁仏が増えて、そんな墓は取り潰し再び売りに出される。昔は土葬だったからまだ骨が埋もれているように思えるが、商魂たくましい現代社会では、そんなことは大した問題ではないのだろう。鳥辺山墓地の相場は坪(墓地では一平方米の広さ)約百万円である。司馬遼太郎の立派な墓は約十坪ぐらいあるから、地価だけで一千万円は下らないと推定される。貧乏人は羨ましいような、生きている内に使いたいような、妙な気分にさせられる。

坂本竜馬や中岡慎太郎は、多くの志士と一緒に霊山護国神社に葬られている。墓に参るには自動販売機で三百円の切符を買って、回転式の鉄パイプの入り口から入る。(どこかケーブルカーの駅の改札に似ている)墓参りするのに入場料を払うという例は全国でも珍しく、観光地京都特有のせち辛い現代の商魂が見え隠れして、少々味気ない思いがする。

歴史の宝庫東山区は、歩けば歩くほど興味が増す。

こんないい所に住んでいてつくづく幸せに思う。