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東山民商ニュース 2008年4月7日号

No.289 2008年4月7日
TEL:541-5116 FAX:541-4016
メール:h-minsyo@athena.ocn.ne.jp

3月の拡大
会員9名、読者25名、共済7名

3月は確定申告の相談と結合して表記の成果を得ました。特に、商工新聞は3月を増勢にということで15日現在20部の残を残していましたが京商連の拡大集中日の設定とそれに応えた行動で20部の成果を勝ち取り増勢にすることが出来ました。取分け役員・会員に拡大を率直に訴える中で紹介が上がり商工新聞の拡大につながったところもありました。

三役会開く

春期運動の教訓を踏まえ今後の運動をどのように取り組んでいくかについて三役会が行われました。

支部での行動を取り組んで多くの業者を訪問して民商を知らせてきましたが商工新聞等を積極的に勧めきれていなかったので具体的成果という点では今後の教訓としていかなければならないとの意見も出ました。また、訪問の中での状況も行動後に意見を出し合い今後にいかしていくことを確認しました。

消費税施行20年、怒りの宣伝行動

4月1日は消費税が施行されて20年に成ります。消費税は高齢化に向けて社会保障財源を確保するためと導入されましたが現実には社会保障の後退につぐ後退で負担が大きくなっています。また、後期高齢者医療制度の実施で医療を受ける権利さえ奪おうとしています。

私たちが20年間に納めた消費税は180兆円にものぼります。反対に大企業の税収は160兆円減少しました。減少の大部分は減税によるものです。消費税を大企業減税に使っているのと同じです。

「消費税廃止各階連絡会」が呼びかけて宣伝行動を取組み東山区は祗園石段下で宣伝行動を行ないました。「消費税増税反対」のチラシを入れたティシュを道行く人に配り消費税増税反対を訴えました。

拡大顕彰

会  員  1名拡大で米10キロ贈呈
商工新聞  5名拡大で米 5キロ贈呈
商工新聞 10名拡大で米10キロ贈呈
みなさん拡大して獲得しましょう

○医療費が1割になってよかった

この間、65歳以上の医療費が1割になると宣伝してきましたがまだまだこの制度を知らない方が多く先日も医療費が月何万も納めているので大変という意見が出されました。そして、老人福祉の医療について説明を行い福祉事務所に申請に行きました。家族で所得税が掛かっている人がいることが判りましたがその人は障害を持っておられたためこの制度の対象となりその場で1割になる保険証をもらうことが出来ました。今日もお医者に行かなければならなかったので早速使わしてもらえることになり喜んでいました。

この制度の対象となるかた
65歳以上70歳未満で、次の@又はAの方(所得制限あり)
  @所得税が課税されていない世帯
  A所得が基準額以下で(ア)〜(ウ)のいずれかに該当する方
(ア)寝たきり (イ)一人暮らし (ウ)同居者が親族のみで、全員が60歳以上、18歳未満又は一定の障害のある方の世帯

○国保の所得申告書が送られる

今年度の国民健康保険料を算定するに当たって所得を把握するために国民健康保険課から所得が不明な方の収入状況を調べる手紙が届いています。手紙には所得が判らない人の名前がかかれ収入状況を記入するようになっています。特に確定申告で専従者控除を取られている人の名前が書かれている場合が多いようです。中には扶養控除で取っている人の名前が書かれているときもあります。

未提出でいると法定減免されない場合もあります。記入でわからない場合は民商まで連絡をしてください。

○もっと早く民商を知っていれば

飲食店を営んでいる会員さんが自己破産の相談に来られました。以前は住宅ロ−ンを組んで返済も滞りなくしていたが、返済がきつくなり事業を拡大したことから更に状態が悪くなってきた。にもかかわらず税理士さんに申告をお願いして年間数十万円を払っていた。もっと早く民商を知っていたら違ったことになっていたかもしれない、と言っておられました。

このような人は回りにもおられることと思います。民商を多くに人に知らせてください。

○過払い金を取り戻す

自己破産等の相談のなかでサラ金会社に利息制限法を超える利息を払っている場合(年29%)利息の超過分を元金に充当することによって過払い金が発生します。先日も任意整理をしたいとの相談で過払い金が出たことから返還を勝ち取ることができ喜んでおられました。永く返済をしている人ほど多くの過払い金が発生しますのでもう返済が終わった方も含め該当する方は民商に連絡をしてください。

労働保険の確定申告

労働保険に加入している方の確定申告の時期がきました。07年4月から08年3月の間の賃金に基づいて確定申告しますので準備をお願いします。別途案内を送ります。

東山、幕末の足跡をたどって(その二)

○土方歳三

土方の写真を写したのは隻脚の写真師田本研造だと言われている。函館に住んでいた田本は、幕末から明治にかけて、アイヌや道内の開拓事業の実態を写真集で残した。

うりざね顔の土方は映画のプロマイドにしたいぐらいの美男子で、悲劇のスターとしての容姿を持ち合わせていた。剣士にしては優しすぎる顔立ちが逆に凄みを感じさせる。二枚目の土方は郷里の多摩に於琴という許婚がいたが、島原・祇園・北野・大阪新町・等花街で浮き名を流した。

クールで実務処理に優れた土方は、浪士の暗殺、内部での粛清、取り調べの際の拷問といった汚れ仕事を受け持った。新選組の規律が保たれたのは、土方の冷徹さや非情さに負うところが多分にある。隊士にとって土方は近藤以上に恐い存在であったと思われる。表の顔の近藤、裏の実力者の土方、二人のコンビがなかったら新選組は成り立たなかったであろう。

近藤の死後、東北を転戦しつつ北海道に逃れた土方は、榎本武揚と共に函館の五陵郭に立て篭もった。榎本のいう蝦夷共和国設立は、土方にとってどんな意味を持っていたか、それは知る由もないが、最後の死に場所を覚悟していたのは間違いない。事実、土方は函館市中の戦いにおいて壮烈な最後をとげた。残された記録によると、弁天台砲場(現在の函館ドック)の付近で馬上で指揮をとっていて、腹に銃弾を受けたそうである。

死に場所を得なかった近藤勇、死に場所を得た土方歳三、三十五歳の生涯の最後は悔いがなかった思われる。人の運命というのは、最後の最後にならないと判らないものである。

○沖田総司

痩身色白、のっぺり型の美男で結核を患っていた。

剣の腕前は相当で、『突きの沖田』で名高い。

彼は日常勤務において新選組に尽くすというより、修羅場での働きでの功績が多かった。

剣士として新選組に貢献した男、沖田総司は慶応四年(一八六五)五月三十日、肺結核にて死亡、二十七歳の若さであった。

○池田七三郎

新選組には同姓同名の池田。一人は天然理心流の達人で、甲州勝沼の戦いで戦死した。もう一人の池田は商人の子で、武士にあこがれ、慶応三年(一八六七)に入隊。近藤局長の小姓を勤め、甲州勝沼の戦いで負傷、会津に行く途中で捕らえられ謹慎処分の後、昭和十三年(一九三八)に脾田利八の名前で、九十歳で死亡。新選組最後の生き残りと言われた。

○井上源三郎

文久三年(一八六三)幕府の浪士隊募集に応じ、近藤勇らと共に上京、新選組結成の当初から参画し、副長助勤、六番隊長として、新選組が活躍した場にほとんど姿を見せているが、鳥羽・伏見の戦いで戦死した。享年三十歳。

○吉村貫一郎

吉村は、慶応元年、南部藩を脱藩して新選組に入隊。諸士取調役兼観察、剣術師範頭の重職に付きながら、実績の記録がほとんどない。鳥羽・伏見の戦いで敗走し、大阪の南部藩邸に出頭し、二十九歳で切腹した。浅田次郎の『壬生義士伝』のモデルと思われるが、作者が作り上げた人物であろう。

○酒井兵庫

大阪住吉出身の神主の子。国学や和歌の道に優れた知性派、新選組では後勘定方を勤めたが、隊の方針について行けず脱走、沖田総司らに捕まり斬られた。武闘派体質の新選組では、知性派は軟弱者としてことごとく排斥された。これが、その後の新選組の方向に柔軟性を失わせた。残念なことである。

新選組に関する小説は多くあるが、そのほとんどが、時代に逆らった悲劇のスターとして描かれ、京都庶民の視線から眺めたものは少ない。

新選組の掟は厳しいが、女性問題だけは案外ゆるやかで、明日の命が知れない隊士達は、はけ口を女に求めた。遊郭はむろん一般の女性に対する暴行や、切捨て御免、金品の強要等に対して市民は訴えていく所が無かった。

当時新選組は京都所司代の配下にあったが、預かりという身分で直属の部下ではなく、また命賭けの志士に正面から対決してくれる便利な存在で、所司代はその行動にあまり関与しなかった。だから庶民は泣き寝入りする事が多かった。庶民にとって新選組とは何だったのか、その判断は難しい。

暮らしと営業を守る民商

私達の民商のモットーは『暮らしと営業を守る』ことである。言葉では簡単であるが、実際には難しい。

暮らしと営業というのは、商売人にとっては密接に繋がった同一意語で、家庭が崩壊すれば商売などやってられないし、商売が破綻すれば家庭も維持できない。今民商がぶち当たっている最大の難問であろう。

○時代の波

誠に不本意なことだが、小規模業者の廃業が続出している。

○高齢化と後継者難